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パスタとは

パスタの歴史

パスタの起源は、古代ローマの「お粥」だった?

パスタの誕生については諸説ありますが、古代ローマ時代に食べられていたという、小麦などの穀物を粥状に煮込んだ「プルス」が起源ではないかといわれています。

現代のようにソースとからめて食べるパスタ料理がイタリアに普及しはじめたのは、トマトとの出会いがきっかけでした。16世紀の大航海時代、新大陸から観賞用として持ち込まれたトマトは、その後食用に改良され、17世紀頃からナポリ地方を中心に栽培が盛んになりました。それに伴い、パスタとトマトの組み合わせのおいしさに気づいたイタリア国民の間で広く普及したのです。やがて、17世紀半ばを過ぎる頃から、パスタ料理はイタリアから周辺各地に広がっていきました。

当時、パスタの製法といえば手作りが主流でしたが、その後、生地を押し出す圧力機が用いられるようになりました。さらに、18世紀後半にイギリスで起こった産業革命が世界中へ波及したことで、イタリアのパスタ産業も急速に機械化が進みました。

日本人の第一印象は「うどんのような食べ物」

日本へ最初にパスタが持ち込まれたのは、幕末の横浜に作られた外国人居留地でした。当時、誰も見たことのない食べ物に「うどんのようだ」と記した書物もあったそうです。

初めて国内でパスタが作られたのは明治16年(1883年)頃、フランス人宣教師マリク・マリ・ド・ロ神父が、長崎県長崎市外海町に煉瓦造・平屋建のマカロニ工場を建設し、製造したのが最初といわれています。そして、日本人による初の国産パスタが作られたのは大正時代。現在の新潟県加茂市で製麺業を営んでいた石附氏に、横浜の貿易商がマカロニの製造を依頼したのが始まりでした。

昭和初期から国産化が進みましたが、当時の機械は原料配合・練り・圧縮押し出し・乾燥などを個別に行うバッチ式で、また機械も小型であったため、一部のレストランなどで口にできる程度でした。
その後、第二次世界大戦の影響で、パスタ作りは一時縮小しました。

人々の好みに合わせて進化してきた国産パスタ

日本でパスタが一般化したのは、イタリアより配合から乾燥までを連続で行う全自動式の本格的製造機が輸入されるようになった昭和30年代以降のこと。特に、本格的なパスタ製造機導入の契機となった昭和30年は「パスタ元年」といわれています。その頃の国産パスタは、日本人の味覚や食感の好みに合わせて、複数の小麦粉をブレンドして作られていました。

やがて、海外旅行に出かける人が増えたり、イタリアンレストランのブームなどで日本人のパスタの好みも変わり、昭和61年(1986年)頃からデュラム・セモリナ100%の国産パスタが家庭でも使われるようになりました。さらに、パスタ製造機の改良や新商品の研究・開発など、よりよいパスタ作りを目指す人々の努力によって、国産パスタの品質は向上していきました。そしていまやパスタは、私たち日本人の家庭料理としても楽しまれ、愛される食材となったのです。

資料:海外 The World Pasta Industry Status Report 2013(International Pasta Organisation)
日本 2015年(一社)日本パスタ協会調べ